

国語を学ぶ大前提は、自分や他者が不完全な生き物であることへの認識です。その上で、国語では不完全がゆえの無知や苦悩を乗り越える方法を学びます。国語で読む文章は娯楽目的のものではなく、少しでも生きる足しになるような、思想を広げてくれる有益なものばかりです。執筆をしてくれた筆者たちに感謝をして、国語の学習を進めたいものです。
子供たちが小学校に上がると、教科書を用いた学習が始まり、次第に教わる相手も専門ごとに分かれていきます。こうした変化の中で、子供たちは自分の経験以上に、他者の経験に価値があるということを認めなければいけません。たった一人で何でも経験できるわけではありません。いろいろな人を信頼して学ぶ心構えを持つことで、成長をは加速します。幼い頃のように何から何まで親やきょうだいに頼るようなことではいけません。これは、子供にとっても親にとっても大事な心構えです。
誰かの知識や思想は、実用書・専門書・エッセイといった文章を読むことで獲得できます。書き手が本を書くのは、当然、自分の考えを広めたいからです。内容の難しさはさまざまですが、どんな本でも読み手のことを意識して表現や構成に気を配っていることは確かです。国語で教わるべきことの一つは、こうした筆者の想いに共感するための作法です。
しかし、論説文からは学び難いことがあります。それは、人間の内面です。相手が自分のことをどう考えているのか、自分はなぜあんな行動をとってしまったのかなど、人間関係の悩みは尽きないものです。たとえ悩みがなくとも、相手の気持ちに寄り添えなければ、思いがけず相手を不快にさせてしまうこともあります。こうした生きづらさに焦点をあてるのが、人間や社会の不完全さを描く純文学です。
例えば、小学校を舞台とする純文学では、登場人物が大きな失敗をしてクラスで恥をかいたり、軽はずみな発言で相手を深く傷つけてしまったりします。その舞台で描かれるのは、外見からは隠された人間の醜い部分や恥ずかしい部分です。こうした人間のありありとした姿を自分や周囲の人たちと重ねることで、相手への理解を深め、人間関係の悩みを緩和できます。純文学を読むほど人間についての理解が深まり、理解が深まるほど純文学はより読みやすく面白い読み物となります。
古典を読む意義も、過去の時代の疑似体験を通して、先人の知恵や思想を学んだり生きづらさに共感することにあります。現代の私たちと身分や文化は大きく異なりますが、人間としての中身は変わりません。いつの時代に生きようとも、自分の知識・思想を本にすれば、その精神は死後も残り続けます。現代の思想や文化が過去の蓄積から成り立っている以上、古典の価値は永遠に失われることはありません。
文章を読解する力は、普段の会話コミュニケーションを円滑にする力に直結します。相手の発言から情報を整理し、情報が不十分であれば問いを投げかけ、主張を理解できたら自分の主張を論理的に伝える。こうしたコミュニケーションスキルは、将来どんな分野で活躍しようとも求められるものです。

読書に苦手意識を持つ子供は多いです。しかし、その多くは読書ができないのではなく、読書をしないだけのように思います。なぜ読書をしないのかといえば、読書の価値がわからないか、好きな本に出会っていないからだと言えるでしょう。
国語の学習とは異なり、日頃の読書は自分の興味関心に応じて読むものです。関心のあるものから優先的に選書してよいですし、途中まで読んでつまらないと感じたならば最後まで読み切る必要もありません。筆者も読者に楽しんでもらえるように本を執筆しています。本に対してきちんと向き合っていれば、良い本との出会いは必ずあるはずです。
一方で、国語の読解問題に解答者の興味関心は関係ありません。初見の文章を追いかけることが難しいと思う人も多いですが、そんなことはありません。なぜなら、筆者が読者に向けて伝わる文章を書こうと思うと、文章の構成は自然と「型」にはまっていくからです。「型」を学べば、読解がぐっと容易になります。
また、読解問題には出題者が存在します。事前に文章を読んで筆者に共感をした出題者が、その手がかりを残しす範囲で文章を抜粋し「君も共感できるでしょ?」と解答者に向かって出題してくるわけです。筆者と出題者の両者に共感する力、それが読解力です。
読書をたくさんすれば、読解力は身につくでしょうか。これは、半分正解、半分不正解です。読書をすればするほど、筆者の意図を汲み取る力は強化されていきます。本を読んでいて、読み進めるうちに先の展開が予想でき、筆者の主張が強い部分で立ち止まることができるようになっていれば、力がついている証拠です。一方で、出題者の意図を汲み取る力は、読解問題を解かないと身に着きません。もちろん、読書の際の集中力が無ければ、筆者との共感も不十分なものとなるため、読解力には全く結びつきません。
逆に、国語の学習は読書量を増やすことに大いにつながります。まず、様々な文章を読む体験を通して、自分の興味関心の幅を広げることができます。さらに、筆者の意図を汲み取るコツを学ぶことで、読書に対する抵抗感が無くなり、読むのが難しかった本でも読みやすくなります。読書をすることは、一生を通じて欠かせないことです。あらゆる分野の読書を抵抗なく可能とする力の養成は、早ければ早いほどよいです。

読解問題に取り組む際の大前提(出題者からの要求)となるのが、漢字や語彙の知識です。これらの学習で最も大事なことは、無駄な作業を避け、学習が嫌いになる要因を取り去ることです。つまり、やるべきことをやるよりも、やってはいけないことをやらないことのほうが大事です。
漢字が苦手になるきっかけのほとんどは、「たくさん書いて練習したのに覚えられず、間違えたらさらにたくさん書かされた」という失敗体験に起因します。たくさん書くことと覚えることは全く関係がありません。大人たちが何かを覚えるために同じことをたくさん書いている姿は見たことがないでしょう。
触れる頻度が多いものほど、記憶に定着しやすくなります。一昨日の晩御飯が思い出せないのは、その知識を使う機会が全くないからです。触れる頻度の問題なので、漢字をたくさん書くのは時間と労力の無駄です。単純に考えれば、漢字に触れる頻度=日頃どれくらい文章に触れているかとなりそうです。しかし、実際には人の名前や町のポスターなど身の回りのありとあらゆるところに漢字は使われています。それらと紐づけるだけでも定着のしやすさは上がります。
熟語を知ることで、似た意味を持つ漢字(過・誤など)や逆の意味を持つ漢字(正・誤など)どうしが紐づきます。同じ読みを持つ漢字どうし(治・納・修など)、同じ部首やパーツを持つ漢字どうし(険、検、験など)も、「似ているな、間違えやすいな」という視点で紐づきます。義務教育では音読みしか学ばない漢字であれば、訓読みを調べることによっても定着のしやすさが上がります。例えば、訓には「おし-える」という読みがあり、教訓や校訓の意味の理解につながります。総じて、1つの漢字に対するイメージをどれくらい広げられるかが記憶定着のカギと言えるわけです。
ことわざ・四字熟語・故事成語は「短いたとえ表現」なので、暗記の負担になるものではありません。「危機一髪」は「一本の髪の毛しかはさめる余地が無いほど危機が目前に迫っていた」という大げさな表現ですし、「蛇足」は「蛇に生えた足のような、余計なものである」という愛らしい表現です。それ自体の意味を知らなくとも、字面から想像を膨らませ、意味を推測する楽しさが語彙にはあります。

国語が得意な人の中でも、なぜ解けるのかを言語化できない人は多いです。読解は、感覚的に行うものではありません。どんな文章が与えられたとしても、ルール通りに同じ読み方を心がけるだけで、誰でも得意になることが可能です。高木塾の国語では、常に同じ解き方を実践し、広く共通する文章の特徴を解説する授業を展開します。
読解をする上で不可欠な技法が、抽象化(帰納)と具体化(演繹)です。鉄、銅、銀がいずれも電気を通しやすいという具体的なことから、金属はみな電気を通しやすいという抽象的な法則を見出すことを帰納と呼びます。逆に、金属が電気を通しやすいから、水銀も電気を通しやすいだろうと法則から具体的なことを見出す考え方を演繹と呼びます。
論説文の筆者は、いくつかの具体例を用いて法則を示し、法則を用いて新しいことにまで話を広げる、というように帰納と演繹を効果的に用いて主張を展開していきます。読解問題を読むにあたって、読者は文中の具体例と抽象概念をとらえ、筆者の考える通りの主張の展開を追いかける力が求められます。
小説文においても、帰納と演繹が用いられます。小説文における具体的なものは「発言・行動」で、抽象的なものは「性格・心情」です。ある男子と女子がいて、女子が転校することを聞いた男子が動揺する様子が描かれていれば、男子が女子に想いを寄せていることが帰納的に推測できます。また、もし過去に男子が女子にちょっかいをかける様子が描かれていれば、それが好きだからこその行動だと理解できます。これは、演繹的な推測です。
出題者が作成する設問の多くは、抽象化して得られた文章の主張・登場人物の内面を問うものです。選択肢問題では出題者によって本文が言い換えられているため、抽象化した情報を照合して正誤を判断します。記述問題では出題者によって字数の制限が設けられているため、抽象化した情報を言い換えてまとめます。
読解対策は、最終的に時間との戦いになるでしょう。初めは国語が苦手で文章を読むのもゆっくりだという人も、自分流の読み方から脱却してふさわしい読解の作法を身に着けられれば、速読する力は必ず身に着けられます。初めはゆっくりでも、適した読み方の積み重ねで自然と読むスピードがついてくるでしょう。


対象目安:小4から中3
読解の前提知識となる漢字・語彙・頻出構図の解説、設問の読み方と答え方の解説、解答への手がかりをつかむための文章の読み方、設問への答え方にふさわしい形での記述の仕方、総じて大学受験まで一貫して通用する読解作法を指導します。さらに、レベルや志望校に応じた生徒別の小テスト・添削指導を実施します。